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土井 貴志 講師 <英語科>

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少し前のことになりますが、十数年ぶりに京都に行ってきました。京都は私が学生時代に過ごした街なので、思い出深い場所がたくさんあります。今回、京都を訪れるにあたっては、それらの場所が今どうなっているのか知りたいと思う反面、知らないままでいたほうがよいかも・・・なんとなく複雑な気持ちでした。

予想していたことですが、大きく変わってるところが目立ちました。学生相手にボリュームたっぷりの定食を出してくれたお店やよく使っていたレンタルビデオショップなど主に個人経営の店舗はなくなり、大手資本のチェーン店になっていました。頭ではそうではないと理解しているものの、自分がそこにいたという事実までもがどこかに消えてしまったような気がしてなりませんでした。

とはいえ、一方でいくらなんでもこの店はつぶれているだろうと思っていた、当時でもあまり客が入っていなかった喫茶店がしぶとく生き残っていたりして意外な思いをしたりもしました。

また、当然ながら鴨川は変わらず鴨川であり、水が涸れることなく流れており、ざっと眺める限りでは当時のままでした。銀閣寺もやはり私にとっての当時の銀閣寺であり、何も変わっていない印象を受けました。

でも、こちらに戻ってきて冷静に考えると、やはり十数年経って変わっていないはずがなく、鴨川であれば護岸工事などが施され、当時とは川岸の形状が変わっているのでしょうし、銀閣寺であれば新聞報道等にもあったとおり修復工事がなされています。

それでも私の脳はそれらは変わっていないと認識しています。一方で変化を感じられる場所を見つけると自分の記憶している事実までもがなくなってしまった気分になります。ひょっとすると当時もあったのにも関わらず、新たにできたものだと認識してしまっている場所もあるかもしれません。

とりとめのない文章になってしまいましたが、今回訪れた京都では、なんとなく自分の記憶の曖昧さや時の流れの無常さといったものをひしひしと感じました。